「警察」とういう言葉は、明治のはじめにヨーロッパから警察制度をとり入れたときにできました。「警」は、社会に犯罪や事故が起きないよう警戒すること。
「察」は、犯罪や事故が起こるのを防ぐために、それをあらかじめ知ることの意味で、国民を犯罪や事故から守る仕事として「警察」という言葉がつくられました。
皆さんが殺人や強盗事件を知ったり、泥ぼうに入られたら、すぐに110番をかけるか、近くの交番に知らせて下さい。連絡を受けたお巡りさんや刑事さんが事件の現場に急いで行き、犯人をつかまえる活動を行います。皆さんは、見たことや知ったことをお巡りさんや刑事さんに話して下さい。
また、事件の現場には、犯人が残していったいろいろな物がありますから、手を触れたり、中に入らないようにしましょう。
110番は、昭和23年10月、東京、大阪、京都と名古屋等の8つの主要都市でできました、しかし、当時の番号は、東京が「110」、大阪、京都が「1110」名古屋が「1118」などと番号がまちまちでした。
このため、通報者が警察に知らせるときに番号を間違えるなどの不都合が生じたため、全国どこでも同じ番号に統一することとしました。
そこで番号を決めるときに、
「覚えやすい」(覚えやすい番号にすること)
「かけやすい」(緊急性を考え、ダイヤルを回す距離が1番短い1を多くすること)「間違いにくい」(誤りを防ぐために、ダイヤルを回す距離が1番長い0を使うこと)を考えて、昭和29年に全国の警察通報電話の番号を現在の「110」番に統一しました。
現在の電話機は、ほとんどがプッショホン式ですが、それまでは、指で回すダイヤル式でした。
お友だちが交通事故にあったら、まず、近くの人に助けを求め、お友だちを道路外の安全なところに移しましょう。
そして、血を止めるなど応急処置をとるとともに、110番や119番に連絡しましょう。
このような事故を防ぐには、道路を正しく歩くことや危険な場所で遊んだりしないことが必要ですが、もし、事故が起きたら、あわてないで落ちついて行動しましょう。
お巡りさんは、みんなが安心して暮らせるように、昼も夜も街を警戒しています。皆さんが、夜遅く街を歩いているのを見かけた時は、“小学生がなぜこんな時間に……”とか、“事件や事故にあわないように”ということから名前や住所などを聞くことがあります。これもみんなの暮らしを守るお巡りさんの大切な仕事です。
落とし物を返してもらった人は、これを拾ってくれた人に、その物の価格の5%以上20%までのお礼をしなければならないことが、法律で決められています。しかし、お礼目あてでなく、落とした人の気持ちになって届けてあげたいものです。
明治7年に東京警視庁に「交番所」がはじめて設けられましたが、当時は、警察官が警察署から特定の場所に出向いて、交替で立番をする形をとっていました。
「交番所」の名称の由来は、「交替で番をする所」ということから「交番所」となったものと思われます。
この交番所はその後、建物を建てて、そこで仕事をする現在の形に変わりました。明治21年10月に「派出所」、「駐在所」という名前で全国統一されましたが、警視庁創設当時の『交番所』という名称がそのまま『交番』という呼び名で残りました。
なお、「交番」という呼び名が市民の間に定着し、国際語としてもそのまま通用するほどになっていることから、正式名称も「派出所」から「交番」に改められることになりました。
現在、交番の案内表示板などには、外国人の方にも分かりやすいようにローマ字で「KOBAN」と表記してあります。
ローマ字表記には、「KOUBAN」などいろいろな表記の仕方があり、どれも間違いではありません。
では、なぜ「KOBAN」なのでしょうか?
交番制度は、日本独自の「KOBANシステム」として米国大学教授に紹介されたほか、他の英語文献にも「KOBAN」の表記が見られるようになり、国際語としての市民権を得るようになったため、警察庁が「KOBAN」と全国統一したからです。
このような類似のローマ字表記には、「相撲(SUMO)」、「東京(TOKYO)」、大阪(OSAKA)」などがあります。
日本で、「車は左側通行、人は右側通行」になったのは、昭和25年ころからです。それまでは人も車も左側通行でしたが、交通安全のために、車は従来のまま左側通行とし、人は右側通行とする「対面交通」を取り入れたからです。
なお、外国ではアメリカなどが「人は左、車は右」の対面交通をとっており、イギリス、インド、オーストラリアなどが日本と同じ「車は左、人は右」の対面交通をとっています。
日本では、なぜ昔は左側通行だったの? 人や車が通るところのきまりは、明治以前には特別な定めがありませんでしたが、道路交通が発達し、明治33年に左側通行制度が採用されました。左側通行としたのは、昔から武士は左腰に刀をさしていたので、自然に左側を通行する習慣がついていたのを考慮したとも言われています。(右側を通ると刀のさやが触れ合うし、左側からの攻撃に対しておくれをとるからです。)
「赤」、「黄」、「青」は色の三原色であり、誰でも分かるように信号の色をこの三色に対比させたものと思われます。
なお、信号機の灯火の配列は、横の場合は、右から、縦の場合は、上から「赤色、黄色、青色」の順となっています。
1930年(昭和5年)、日本で初めて現在のような信号機がついたときには、法令上「緑色信号」と呼び、緑色の信号でしたが、一般の人々の間では「青色信号」や「青信号」という呼び名がしだいに定着していきました。そこで、1947年(昭和22年)には法令上も「青信号」と呼ぶようになり、信号の色も緑色から青色に改められていきました。1973年(昭和48年)以降に作られた信号機は呼び名どおり「青色」に作られていますが、それ以前の古い信号機の中には、緑色に見えるものがあります。
一般に押ボタン信号機は、押せばすぐ信号が変わるようになっています。しかし、系統で制御されている道路の信号機が、押ボタンが押されるたびに変わってしまうとせっかくの系統制御がなんの役にも立たなくなりますので、押ボタン信号が押されても系統が乱れる時間帯は信号を変えないようにしています。このため、押ボタンを押してもすぐ青にはならない場合があるわけです。
昼間でも車や人の通りが少ないところでは、押ボタン信号機や半感応信号機をつけて、主道路の交通を不必要に止めないようにしています。しかし、交通量の多いところは、主道路と従道路の信号を交互に表示しているので、夜間など横から車が全然来ないのに信号で止められる、といったケースも発生するのです。また、車が来なくても横断歩行者がある場合は、歩行者が道路を横断する時間は信号で止められることになります。
交通の安全を守る仕事をしている交通警察官は、左腕に交通安全のシンボルである白と緑の腕章をつけています。
もともとこのデザインは、鉄道関係者が交通安全意識を高める手段として考え出したもので、大正12年12月に警察にも制度として取り入れられました。腕章の色は、“よもぎ色は道路、白色線は軌道(レール)”を表しています。
はっきりとしたことは分かりませんが、明治時代の刑事が着ていた「角袖」(かくそで)という和服(着物)に関わっているようでこの「角袖」の四文字を最初と最後の2文字(カデ)にし、さらにこれをひっくり返して「デカ」という言葉ができたそうです。なぜ、中2文字を取り除いたり、ひっくり返したのかはわかりません。
警察は言葉をひっくり返すのが好き? 犯罪があったことを明らかにするために、犯人の家などに行って証拠品をさがしたりすることを「ガサ」といいますが、この言葉ができたのも、「さがす」という言葉の“す”を取り除いてひっくり返したものと言われています。
はっきりとしたことは分かりませんが、昔、花札を使った「三枚(さんまい)」というばくちがあり、その勝負の中で8、9、3(ヤクザ)の目が出ると勝ち目がないことから、役に立たないとかばくちうちという意味でヤクザという言葉が使われるようになったとも言われています。
全国の警察官は、約23万人います。(この他に職員が約3万人います。)
これは、警察官ひとりで国民約540人の安全を守っているということになります。
福井県では、警察官は約1,500人います。(職員は約350人います。)
警察官ひとりで県民約550人の安全を守っているということになります。
会社に社長、課長、係長、主任等がいるように、警察内部の地位、つまり、上下関係を示すもので、仕事をスムーズに進めるために作られたものです。
階級は警察法という法律に定められており、警視総監(けいしそうかん)、警視監(けいしかん)、警視長(けいしちょう)、警視正(けいしせい)、警視、警部、警部補、巡査部長、巡査の9種類あります。
なお、警視総監は警視庁のトップとして警視庁のみに置かれており、階級を表すとともに職名を表しています。
パトカーが日本に初めて登場した当時は、日本で生産される自動車の色は白色がほとんどで、パトカーも白一色だとちょっと見ただけではパトカーと一般の自動車との見分けがつきませんでした。
そこで、パトカーであることが一目で分かるようにするために、白色ボディーの下半分をその反対色の黒色に塗りました。これが、パトカーを白と黒の二色にしたはじまりで、昭和30年には全国的に統一されました。
白バイは、昭和11年8月に登場したのですが、白バイの車体を白色にした理由は、ヨーロッパの各国やアメリカの白バイにならったもので、大変目立つ色であるからとされています。
また、白色は「平和と清潔」を表す色であり、白バイ隊員は、交通事故のない、安全で快適な交通社会をつくるため活動する「平和の騎士」という意味で白色になったとも言われています。現在、白バイは、法律により緊急自動車とされ、その色は白色と定められています。